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桃で厄払い

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(絵:吉田たつちか)

 桜より少し先に咲く桃の花は、日本人に馴染み深い花の一つです。原産は黄河流域の高原地帯で、日本には弥生時代に伝わっていたよう。昔は現代のように果物として愛されたのではなく、主に薬として用いられていました。
 葉は湿疹や汗疹の治療に用いられ、種は血流を良くするところから婦人病に効果が期待されています。とても薬効が強いからこそ実の品種改良が始まった時期が遅く、明治時代まで果物としての価値はほとんどありませんでした。原産地の中国では、漢方薬としてだけでなく、不老長寿の果実として今も昔も尊ばれているよう。
 こう書くと、日本では桃の実を軽んじていたように思われますが、そうではありません。桃の実が日本の文献で最初に登場したのは『古事記』です。日本列島を生み出した神様・イザナミとイザナギの永久の別れのエピソードに出てきます。妻であるイザナミが黄泉の国に旅立ち、これを悲しんだ夫のイザナギが彼女を追っていきました。ところが、そこにいたのはよく知ったイザナミではなくゾンビのような姿。驚いたイザナギは黄泉の国から逃げ出そうとするのですが、ゾンビになったイザナミは仲間を連れて追ってきます。様々な物を投げつけ時間稼ぎをし、最後に投げたのが桃の実。これが功を成し、イザナギは九死に一生を得ました。ここから日本では、穢れを祓う植物として桃が認知されるようになったのです。
 実は昔話『桃太郎』も、このイザナミとイザナギのエピソードが元になっているのではないかという説もあるんですよ。穢れを祓う桃から生まれた神のような存在として、桃太郎を描いたのではないかと。川上から流れてきたのも、川がこの世とあの世の境界線ではないかといわれています。そう考えると、桃太郎が退治した鬼は、物理的な暴力を振るう存在でなく、日本人にとって最大の穢れである「死」だったのかもしれません。
    (コラムニスト ふじかわ陽子)2024-2

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